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松山地方裁判所西条支部 昭和47年(ワ)23号 判決 1974年11月28日

原告 合資会社高浜商店

右代表者無限責任社員 高浜巌

右訴訟代理人弁護士 加藤茂

被告 西条漁業協同組合

右代表者理事 藤田孝夫

右訴訟代理人弁護士 白石基

佐伯継一郎

主文

被告は原告に対し金一四一万五、〇〇〇円及びこれに反する昭和四年一月一日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、一、≪証拠省略≫によれば、原告が本件手形を所持していることが認められる。

第二、一、そこで、右手形振出の事情につき検討する。

(一)  ≪証拠省略≫によると、

(1)  訴外築山求夫は昭和三七年五月ごろより被告組合会計主任として勤務し、金銭の出納保管、帳簿の作成、資金の貸付事務、組合長の指示による手形小切手の振出事務等被告組合の会計事務全般を担当していた者であること。

(2)  昭和四二年ごろより訴外築山求夫は訴外伊予漁網の代表取締役である訴外飯尾良正から被告組合振出名義の融通手形の発行方を懇請されていたのであるが、右築山求夫は乞われるままにかねて被告組合が取引銀行から交付を受けそのために保管していた約束手形用紙を用い、その振出人名欄に平素保管を託されていた被告組合及び組合長の記名ゴム印、組合長職印を押捺し、以て被告名義の約束手形を十数通作成し、その金額、満期、振出日、受取人の各欄を白地としたままこれを訴外飯尾良正に交付し、同訴外人は訴外伊予漁網がその受取人であるようにする他右白地部分を任意に補充して自らこれを同訴外会社の代表者として裏書し、これを銀行にて割引いて貰う等して資金の融通を得ていたこと。

(3)  本件手形は訴外築山求夫が右(2)と同様の方法で訴外飯尾良正に交付していた融通手形の内一通であるが、昭和四六年八、九月当時訴外伊予漁網は原告会社との間に漁網の運搬、保管等の取引があったので、そのころこれが料金の一部支払の為、本件手形を含め前記融通手形の内数通を原告会社に裏書交付したものであること、並びに内一部は満期に原告において支払場所で支払を受けたが、本件手形は結局支払を受け得ず不渡となったこと。

が各認められるのである。

(二)  ところで、漁業協同組合を対内的ないし対外的に代表する者は代表理事(組合長)であって、これ以外の者は代表権を有しないことは勿論であるから、単に会計主任という被告組合の被用者にすぎない訴外築山求夫の前記(一)(1)記載の権限はもともと代表者たる被告組合長の指示ないし承認に基づき被告組合内部においてする会計経理の事務処理一般に尽きるというべく、被告組合名義の手形振出の代理権ないし署名(又は記名捺印)の代行権限があるには特に右代表者のその旨の包括的又は個別的な授権があることを要する。しかるに、具体的に本件手形振出の場合同訴外人に右の授権があったことを認めるに足りる証拠はない。≪証拠省略≫には訴外飯尾良正が訴外伊予漁網の資金繰りの為、被告組合振出名義の手形を融通してくれるよう依頼に来たとき、訴外築山求夫は被告組合長の訴外藤田利久よりこれが発行を委された旨の供述部分があるが、これは≪証拠省略≫に照らしてにわかに措信することができない。

よって、本件手形はその振出権限を有する被告組合代表者の意思に基づいて振出されたものといえず、真正に作成されたものということはできない。

二、つぎに、原告は本件手形振出については被告組合は表見代理によって手形債務を負担すべきであると主張する(尤も、≪証拠省略≫を検討すると、本件手形の振出人欄は直接被告組合及び組合長のゴム印、並びにその職印が押捺され、その代理人と称する者の表示がないのであって、右は手形振出の代理ではなくいわゆる記名捺印の代行であることが判るのである。しかし、右は手形記載形式の相違に止まり、無権限者によってなされた手形振出行為につき、振出人とされた者に帰責事由があるかの問題については類似すると考えられるところ、右原告の主張には右記名捺印の代行につき表見代行が成立する旨の主張を含むと理解されるので、以下この点について判断する)。

(一)  これにつき、原告は本件手形の直接の授受当事者でない第三取得者である原告について、振出人とされる被告組合の振出行為が真正になされたと信ずべき正当事由を主張している。確かに、流通証券たる手形の性質上、第三者を保護すべき必要があることは否めないが、そもそも表見代理(代行)が適用される場合は、振出人の振出行為を代行した者が越権行為をし、受取人たる手形取得者が右行為につき代行者が代行権限を有すると信じ、且つそう信ずるにつき正当事由を有する場合をその典型とするのであって、このことは手形授受の当事者(即ち、本件では訴外伊予漁網)の許に生じた具体的事情であるから、右当事者以外の第三取得者(即ち、本件では原告)にとっては右の事情は殆んど知り得ない事情であることに注意しなければならない。しかしながら、民法第一一〇条を手形行為に類推適用する場合、同条にいう第三者を右のように手形授受の直接当事者に限るという根拠はない。けだし、右の事情は稀有ではあるが、右直接の当事者以外の者がこれを知る機会が全くないとはいえず、この場合を殊更に右第三者から除外する理由はないからである。但し、この場合、右表見代行にいう正当事由とは記名捺印の代行をば第三者が行為者の代行者資格における行為と観念し、且つその代行権限を信じたことを要するのであって、手形が真正に振り出されたものと信じ、且つそう信ずることについて正当の理由を有したとの意味ではない。

(1)  そこでまず、本件手形授受の直接の当事者である訴外伊予漁網について表見代理ないし表見代行が成立するかどうか考える。けだし、同訴外会社においてこれが積極に解され同訴外会社が振出人とされる被告組合に対して手形上の権利を取得すれば、かような手形上の権利を原告は裏書交付を受けて取得することになるからである。しかしながら、同訴外会社について訴外築山求夫の被告組合名義の本件手形振出の代行権限があると信ずべき正当事由はこれを認めるに足りる証拠はなく、却って≪証拠省略≫によると、訴外伊予漁網代表者たる訴外飯尾良正においては右築山求夫が被告組合の会計主任であってその内部の会計事務処理の権限を有するに止まることを充分了知していながら、被告組合と長年漁網等の取引があり、その過程で右訴外人と知り合いの間柄であったことからこれに融通手形の交付方を申入れたものであることが窺われるのである。

(2)  ついで、直接原告について右築山求夫が被告組合名義の約束手形を振出す代行資格で本件手形を振出し、且つその代行権限があると信じたことを認めるに足りる証拠はない。

三、しかしながら翻えって考えるに、手形の第三取得者において手形が真正に振り出されたものと信じ、且つそう信ずることにつきもっともな理由を有していた場合にこれを保護すべき必要があることは否定し得ないところである。そこで、以下どのような場合にこれを保護すべきかについて検討を加える。

(一)  本件については前記第二項二(一)及び(二)記載のとおり訴外築山求夫が被告組合の会計主任であって、一般的には組合代表者の指示ないし承認(以下単に指示という)があったときは被告組合名義の約束手形を振出すべき権限があるのに拘らず、本件手形は右の具体的な指示なく同訴外人がほしいままに振出したものであって、あたかも民法第一一〇条前段ないし同法第一一二条本文に類似するものである。即ち、権限踰越の代行権限ないし代行権限消滅の客観的要件は具備するが、その主観的要件を欠くのである。

(二)  右のような場合に手形の所持人を保護したものとして、東京地方裁判所昭和二八年一一月二八日付判決、昭和三二年九月一四日付判決、東京高等裁判所昭和三一年三月七日付判決、広島高等裁判所昭和三三年一月二一日付判決、大阪地方裁判所昭和三四年三月一〇日付判決、同年一〇月三〇日付判決等がある。

そして、右所持人を保護すべき事由としては、過去においても同様の手形が作成され、期日においてその都度決済されていたとか、当該手形振出の真否を取引銀行に照会する等してその回答を得た場合に正当事由ありとしているものである。しかしながら、右の事情は手形取得者の側の事情であって、手形振出人側の事情ではない。従って、表見代理ないし表見代行の場合の正当事由を振出人側の具体的事情如何にあるとする当裁判所はかかる見解を採らない。しかしなお、右のような場合は手形振出人とされる者と全く無関係の第三者がいわゆる手形を偽造したというのではなく、一定の場合代表者の指示ないし承認に基づき代理ないし代行権限を有した者がこれを無視して手形を作成した場合であって、その場合の手形所持人はこれを保護すべき余地があるとして、これを保護しているのである。即ち、右の場合に手形所持人を保護すべきであるという要請ないし価値はある。

(三)  しかし他方、振出人側の事情、とりわけ手形債務の成立の要件は一般に物的抗弁、即ち全ての手形所持人に対抗しうる抗弁とされている(手形法第七七条第一項第一号、第一七条参照)。しかしながら、人的抗弁物的抗弁の区別は沿革的にみてもアプリオリになされているわけではない。手形偽造が全くの無関係人によってなされた場合は手形上の権利が有効に成立し存在しうる筈はないから裏書を受け形式上手形を取得したとしても、無から有を生じないとして、手形債務者とされる者を保護すべき要請はある。けれども、本件の場合を含め右(二)の事例は全く無から有を生むのではなく、内部的には広汎な事務を処理する権限ある者が、一般に代表者の特定の指示ないし承認に基づき手形振出の代理ないし代行をすべきであるのに、これなくして振出した場合であって、偶々具体的な場合にその指示ないし承認がない場合である。そして、右指示なく振出されることについては振出人とされる者に大抵選任監督上の注意義務懈怠という帰責事由がある上、右指示がなされたかどうかは全くの内部事情であるから、その者を保護すべき必要は少ない。反面、手形取得者としては右の内部事情は知る由もなく、せいぜい取引銀行に照会する等して記名押印の真否を確かめる位の手段しかないものであるのでむしろこれを保護すべき必要は多い。そして、右人的抗弁物的抗弁が結局手形債務者の保護と手形の流通保護の調和という観点から区別されるべきときは、右の場合はこれを知る者に対してのみ主張しうるとすれば足る、即ち、これを人的抗弁と解すべきこととなる。

かく解しても、振出人とされる者としては通常の選任監督上の注意を払い事前ないし事後の報告を受ける等して右指示なく手形が振出される場合を妨ぐことができる訳であるから、酷ということにはならないであろう。

これを要するに、代表者の指示ないし承認に基づいて手形振出の代理ないし代行権限を有する者が具体的にその指示なく手形振出を代理ないし代行した場合、手形振出人は所持人が右指示ないし承認なく振出されたものであることを知っていた場合に限りその悪意を立証して支払を拒むことができるということになる。

第三、つぎに≪証拠省略≫によれば、請求原因第一項一(二)(三)の事実が認められ、これに反する証拠はない。

第四、以上のとおりであるとすると、被告において原告の悪意の主張立証のない本件では原告の本訴請求(主位的請求)を理由あるものとしてこれを認容すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 宗哲朗)

<以下省略>

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